HOME | Research | News | Curriculum Vitae and Publication List

 

 

Photoinduced electron transfer

 

光誘起電子移動 / Photoinduced electron transfer

 

光誘起電子移動 (Photoinduced Electron Transfer) とは, 基底状態からは熱力学的に到達が困難な電子移動状態を光エネルギーにより実現する化学素反応である. 通常, 電子ドナー (D) と電子アクセプター (A) の組み合わせにより, D あるいは A のいずれかが光捕集により励起状態 (D*あるいはA*) になり, 引き続き電子移動が進行する.

 

Figure 1

 

Figure 1. ドナー‒アクセプター系における一般的な電子移動スキーム.

 


 

これより生じる電子移動状態 (あるいは電荷分離状態, D•+A•‒) は高い酸化還元能を有することから, 後続反応 (人工光合成などの触媒反応) に利用することが可能である.[1] このように光誘起電子移動は光エネルギーを化学エネルギーへと変換する上で重要な概念である. 関連ページ: 有機分子による人工光合成

 

Figure 2

 

Figure 2. (左) 9-メシチル-10-メチルアクリジニウムイオン (Acr+Mes) の電子移動. 三重項の電子移動状態 (後述, 3(AcrMes•+)) からの分子内逆電子移動がきわめて遅いため, 溶液中では分子間電子移動が競合する.[2] (右) 酸化チタン (TiO2)ポルフィリン増感色素 (S)水酸化触媒 (WOC) 複合材料における界面電子移動の略図.[3] 1: 色素が可視光を受け励起状態 (S*) になる. 2: S*からTiO2の導電体 (CB) へ光誘起電子移動が進行することで色素カチオン (S•+) が生成する. 3: 分子触媒 (WOC) からS•+への後続電子移動が進行する. 4: WOC上で水が酸素へと変換される.

 


 

効率の良い系の構築には, 光励起に引き続く電子移動 (電荷分離, Charge Separation) の促進だけでなく, 逆電子移動 (電荷再結合, Charge Recombination) の抑制が欠かせない.

 

逆転領域: 直感的に, 熱力学的に発熱であるほど電子移動の速度は上がるように予測できる. しかしながらMarcus理論によると, ドナーアクセプター間の相互作用が弱い系における電子移動速度は電子移動のドライビングフォース (ΔG) に関してベル型依存的に変化し, ΔGがあるエネルギー (系の再配列エネルギーλに相当) を超える領域においては電子移動速度はΔGが大きくなるにつれて低下すると予測されている. すなわち, ΔG > λ のドライビングフォース領域では電子移動速度はドライビングフォースが大きくなるほど遅くなり, これをMarcusの逆転領域という. 光合成の反応中心では電荷再結合のドライビングフォースに比べて再配列エネルギーが小さいため, 電荷再結合が速度論的に非常に抑制されている. ある報告によると, 光合成反応中心において生成する電荷分離状態 (QA•‒P680TyrD•+) は80 ms程度と非常に長い寿命を有することから, この電荷分離状態のエネルギー (酸化力) が酸素発生中心 (OEC) における水の酸化反応に効果的に使われている.[4]

 

定量的な議論: ドナーアクセプター間の相互作用が弱い場合, その透熱的な電子移動過程は次式により定量的に議論可能である. ここで, VETは電子カップリング項, βは距離に関する減衰因子, rDAはドナーアクセプター間の距離, kETは電子移動速度定数, hはプランク定数, kBはボルツマン定数, ΔGETは電子移動過程のドライビングフォースである.

 

Equation 1

 

(ドナーアクセプター間の相互作用が強い場合には, このMarcus型の透熱的電子移動モデルは適用できない点に留意) この式の妥当性は, ドナーアクセプター間の相互作用が弱い分子系について実験的に検討されてきた. 具体的には, 拡散の影響を排除するためにドナーとアクセプターを連結した系を合成し, その時間分解吸収・発光スペクトルを検討することにより光誘起電荷分離・再結合速度を測定し, 理論との一致が検討されてきた.

 

分子設計: これらより, 速い電荷分離と遅い電荷再結合の系を分子論的に構築するには, 電荷分離に関してはΔG = λ, 電荷再結合に関してはΔG >> λ (あるいはΔG << λ) となるような分子設計が欠かせない. さもなくば, 初期電荷分離速度よりも電荷再結合速度の方が速くなり, 光エネルギーを有効利用することが困難になる. 多段階電子移動により電子‒正孔間距離を大きくすることによっても, 長寿命の電荷分離が実現可能である. また, 電子カップリング項を支配するスペーサーも重要である. たとえば, オリゴキシレンを介した電子トンネルの減衰因子が0.76(5) Å‒1であるのに対し, トルエン溶媒を介した電子移動の減衰因子は1.23(5) Å‒1である.[5] これより, 電子移動距離が25 Åの場合, オリゴキシレンを介した電子移動はトルエン溶媒を介した電子移動の10000倍速い. このように電子移動速度は, ドライビングフォース, 再配列エネルギー, 溶媒和, 温度[6]といった変数に加え, ドナーアクセプター間の距離やスペーサーなどによって決まる電子カップリングにより制御できる.

 

スピン多重度: 時間分解吸収スペクトルによる研究では近年, サブピコ秒からナノ秒, マイクロ秒領域に至る時間領域について包括的に検討がなされている. その結果として, 多くの系において, 速い電荷再結速度を有する一重項電荷分離状態と, 遅い電荷再結合速度を有する三重項電荷分離状態が観測されている.[7] 重原子によるスピン‒軌道相互作用を利用したスピン多重度の制御や, 各材料の三重項励起状態準位と電荷分離状態エネルギー準位の制御もまた電荷分離状態の長寿命化に重要な役割を担っており, 有機材料のp-n接合による薄膜太陽電池においては三重項の電子‒正孔対の生成が高効率の光電変換に欠かせないと説明されている.[8,9]

 

逆転領域を巧みに利用した応用例: フェノールは多くの化学工業製品の前駆体として重要である. 安価なベンゼンを原料としてフェノールを合成することが理想であるが, この場合, 電子豊富なフェノールの生成段階で酸化反応を選択的に止めることは困難である. そこで, ベンゼンからの1段階でのフェノール合成は挑戦的な課題であった. これに対し大阪大学・福住俊一教授らは, 2,3-ジクロロ-5,6-ジシアノ-p-ベンゾキノン (DDQ) を増感剤に用いることで, 可視光により駆動されるベンゼン酸化反応を報告している.[10] DDQの励起三重項によりベンゼンを光酸化することで生じるDDQ•‒ならびにベンゼンラジカルカチオン間の電荷再結合はマーカスの逆転領域にあることから速度論的に非常に抑制されており, これによりベンゼンの光酸化が効率的に進行する. その一方で, ベンゼンの酸化によって生成するフェノールがさらに光酸化されることで生じるフェノールラジカルカチオン (PhOH•+) とDDQ•‒の間の電荷再結合のドライビングフォースはマーカスパラボラのトップ領域にあることから, DDQ•‒からPhOH•+への逆電子移動は速く,フェノールのさらなる酸化が抑制される. これより, ベンゼンの酸化がフェノール生成の段階で停止し, 99%の変換効率でフェノールを得ている. このように, 光誘起電子移動を巧みに利用した選択的物質変換が報告されている.

 

2017年1月25日更新

 

文献:

1. M. Yamamoto, J. Föhlinger, J. Petersson, L. Hammarström, H. Imahori, Angew. Chem. Int. Ed. 2017, 56, 33293333.
2. T. Tsudake, H. Kotani, K. Ohkubo, T. Nakagawa, N. V. Tkachenko, H. Lemmetyinen, S. Fukuzumi, Chem. Eur. J. 2016, 23, 13061317.
3. M. Yamamoto, L. Wang, F. Li, T. Fukushima, K. Tanaka, L. Sun, H. Imahori, Chem. Sci. 2016, 7, 14301439.
4. J. G. Metz, P. J. Nixon, M. Roger, G. W. Brudvig, B. A. Diner, Biochemistry 1989, 28, 69606969.
5. J. R. Winkler, H. B. Gray, J. Am. Chem. Soc. 2014, 136, 29302939.
6. M. M. Waskasi, G. Kodis, A. L. Moore, T. A. Moore, D. Gust, D. V. Matyushov, J. Am. Chem. Soc. 2016, 138, 92519257.
7. たとえば, A. Saha, M. Chen, M. Lederer, A. Kahnt, X. Lu, D. M. Guldi, Chem. Sci. 2017, 8, 13601368.
8. A. Rao, P. C. Y. Chow, S. Gelinas, C. W. Schlenker, C.-Z. Li, H.-L. Yip, A.-K. Jen, D. S. Ginger, R. H. Friend, Nature 2013, 500, 435439.
9. C. Trinh, K. O. Kirlikovali, A. N. Bartynski, C. J. Tassone, M. F. Toney, G. F. Burkhard, M. D. McGehee, P. I. Djurovich, M. E. Thommpson, J. Am. Chem. Soc. 2013, 135, 1192011928.
10. K. Ohkubo, A. Fujimoto, S. Fukuzumi, J. Am. Chem. Soc. 2013, 135, 53685371.

関連ページ: 有機分子による人工光合成