HOME | Japanese | Profile and Publication List

 

 

Stereoselective construction of two adjacent quaternary centers / 山本雅納

Language: English | Japanese

連続第四級炭素の立体選択的構築
Stereoselective construction of two adjacent quaternary centers

 


 

要旨: Cp2Tiをルイス酸に用いることで, 連続第四級炭素骨格の立体特異的構築に成功した. この反応ではケトンとの反応により(E)-アリルスルフィドからはanti-ホモアリルアルコールが, (Z)-アリルスルフィドからはsyn-ホモアリルアルコールが高ジアステレオ選択的に得られる. Angew. Chem. Int. Ed. 2012, 51, 72637266.

ドイツ化学会誌掲載論文の要旨 | 東京農工大学・武田猛教授、山本雅納

 


 

 

 

Scheme

 

 


 

 

 

緒言

 

 

位置選択的, 官能基選択的, かつ立体選択的な炭素-炭素骨格の構築は, 有機合成上重要なテーマである. とりわけ, 非環式炭素骨格の立体選択的構築法がこの40年来精力的に研究されてきたにもかかわらず, ヘテロ原子を含まない連続する第四級炭素の立体選択的構築はいまだ有機合成上もっとも困難な課題であり, 有機化学者にとっては挑戦的なテーマである.1 このような連続第四級炭素は自然界においてはポリエンの環化あるいはカチオン転位により形成されており, 実験室レベルでも, 生体反応を模倣したカスケード反応により連続第四級炭素骨格の構築が試みられている (Scheme 1).1c

 

 

 

 

Scheme 1

 

Scheme 1 | E. J . Coreyらによる連続第四級炭素の立体選択的構築.1c

 

 

 

 

一方, 基質一般性を有した連続不斉中心の構築法としては炭素-ヘテロ原子二重結合に対する炭素求核試薬の面選択的付加反応によるアプローチが一般的であり, 第三級アルコールの立体選択的合成法としてアルドール反応が研究されている.2 しかしながら, 連続する第四級炭素をα-置換カルボニル化合物を用いるアルドール反応により立体選択的に構築するにはエノラートの立体化学を制御する必要があり, これは困難である.

 

 

 

 

Scheme 2

 

Scheme 2 | 一価銅を利用したアルドール反応による連続第四級炭素の立体選択的構築.

 

 

 

 

これに対して, 3,3-二置換アリル金属を炭素-ヘテロ原子二重結合に付加させる反応が立体選択的連続不斉中心構築のために研究されている.3 この例では3-置換-2-シクロヘキセニル金属を用いた第四級炭素群の立体選択的構築が報告されている一方で, 直鎖の3,3-二置換アリル金属と求電子試薬を反応させることで連続する第四級炭素を位置選択的かつ立体選択的に構築するのは困難であった.4 一方, 東京農工大学・武田猛教授らは,3-位に置換基を有するアリルスルフィドから容易に調製できるアリルチタノセンにさまざまな非対称ケトンを作用させることで, アリルスルフィドのE/Z比にかかわらずanti体のホモアリルアルコールを高ジアステレオ選択的に与えることを見出している (Scheme 3).5

 

 

 

 

Scheme 3

 

Scheme 3 | 直鎖3,3-二置換アリル誘導体と求電子試薬の反応.

 

 

 

 

熱力学的に安定な(E)-体のアリルチタノセンが優先的に生成し, ケトンのより嵩高い置換基が擬エクアトリアル位を占める六員環いす型遷移状態TS1を経て(E)-アリルチタノセンがケトンと反応することで2-オクタノンのような鎖式ケトンでも高いジアステレオ選択性が発現すると説明されている (Figure 1).

 

 

 

 

Figure 1

 

Figure 1 | Zimmerman‒Traxler Chair-Like Transition States.

 

 

 

 

この反応をγ-位に二つの置換基を有するアリルチタノセンとさまざまな非対称ケトンとの反応へと敷衍することで, 連続する第四級炭素を有するホモアリルアルコールをanti選択的に合成できるものと考えられる. そこで、3,3-二置換アリルアルコール誘導体から調製されるアリルチタノセンにケトンを反応させることで, 連続する第四級炭素骨格の立体選択的構築を試みた. その結果, 種々のケトンを基質に高収率・立体特異的に連続第四級炭素骨格を構築が可能であることを見出した(最高収率は92%, ジアステレオ選択性は最大99:1). 以下, 本研究に関する詳細を記す.

 

 

 

 

 

 

反応条件の検討

 

 

 

上述のように, 3-置換アリルスルフィドから熱力学的に安定なE-体のアリルチタノセンが優先的に生成するため, これとケトンとの反応ではanti選択的にホモアリルアルコールを与える. これに対し, 3,3-二置換アリルスルフィド1aおよび3,3-二置換塩化アリル1bを用いて反応を行ったところ, 高いジアステレオ選択性は発現しなかった (Table 1). 3,3-二置換アリルチタノセンについては, (E)-体と(Z)-体の熱力学的安定性の差が小さいために(E)-選択的なアリルチタノセンの生成が困難であり, E/Z-体混合のアリルチタノセンが生成し, 引き続くケトンとの反応によりホモアリルアルコール生成物を与えるためにそのジアステレオ選択性が低いものと考えられる.

 

 

 

 

 

 

Table 1

 

 

 

 

 

 

ところで, Table 1に示すように塩化アリル1bを用いた場合には反応の立体選択性は温度依存的であるのに対し, 1aを用いた場合はその選択性は温度に依存していないようにみえる. 序論で述べたように, アリルメタルの立体化学を制御できれば, これとケトンの反応により立体特異的にホモアリルアルコールが得られる. そこで, (E)-および(Z)-選択的にアリルアルコール誘導体を調製し, これと二価チタノセンの反応により立体選択的にアリルチタノセンを調製すれば, 引き続くケトンとの反応で得られる生成物の選択性を制御できるものと考え検討を行った: (E)-および(Z)-体の3,3-二置換アリルアルコールであるゲラニオールおよびネロールから調製したゲラニルスルフィドE-1cおよびネリルスルフィドZ-1cを出発物質として用いて反応を行った (Table 2).

 

 

 

 

 

 

Table 2

 

 

 

 

 

 

その結果, アリルアルコール誘導体のE/Z比をある程度反映したジアステレオ選択性が得られた. とりわけ, (Z)-体のネリルスルフィドZ-1cを用いた場合には, これまでとは逆の異性体が主生成物として得られた (entry 3). これらの結果は適切な反応条件, とりわけ温度依存的なアリルメタル種の異性化6を抑えるような条件を選択することで, 反応が立体特異的に進行する可能性を示唆している. そこで次にE/Z比の明らかなゲラニルスルフィドE-1cを用いて反応条件の最適化を試みた. その結果, アリルスルフィドに対する二価チタノセンの酸化的付加における反応温度と生成物の選択性との間に比較的強い相関が認められた(Table 3, entry 35).

 

 

 

 

 

 

Table 3

 

 

 

 

 

 

しかしながら,「酸化的付加時の温度を下げれば選択性は向上する」という仮定に反する結果も得られた (entry 6). これは酸化的付加時の温度のほかにも反応の選択性を制御する要因があることを示していると考え, 更なる検討を行った. 尚, 酸化的付加における反応温度が‒50 ℃以下の場合には二価チタノセンが生成しないこと7から, ‒45 ℃より低い温度でのアリルスルフィドの還元は試みなかった. また, この検討に際して, アリルチタノセンとケトンとの反応は4時間程度でほぼ完結していることがわかった (entry 2).

 

ところで, アリル化合物はその二重結合に関して光異性化を起こしやすいことが知られている. そこで, アリルチタノセンの光異性化を抑制する目的で反応器を遮光したところ, 遮光の有無により生成物の選択性に有意な差が認められた (Table 4, entry 3および4).

 

 

 

 

 

 

Table 4

 

 

 

 

 

 

以上の結果より, 本反応では, 二価チタノセンによるアリルスルフィドの還元を低温で行い, 遮光によりアリルチタノセンの光異性化を抑えることが高いジアステレオ選択性の発現に欠かせないことがわかった. (E)-および(Z)-アリルスルフィドからそれぞれanti体およびsyn体の生成物が得られたことから, 本反応は上の条件のもとで立体特異的に進行していると結論付けた (Scheme 4).

 

 

 

 

 

 

 

Scheme 4

 

Scheme 4 | 連続第四級炭素骨格の立体特異的構築.

 

 

 

 

 

 

なお, アリルエーテルやアリルエステルなどを用いた場合にも同様の立体特異的挙動が観測される可能性があるが, 立体特異性発現に欠かせない低温での二価チタノセンによるこれらの還元が遅いと考えられること5a,8から検討しなかった.

 

 

 

 

 

 

溶媒効果

 

 

有機化学反応ではしばしば大きな溶媒効果が観察される9,10. そこで, ヘキサン, ジオキサンなど種々の溶媒を検討したところ, ジエチルエーテルが良好な収率を与えることがわかった. これを受け, エーテル系溶媒についてさらに検討を行った (Table 5).

 

 

 

 

 

 

 

Table 5

 

 

 

 

 

 

 

その結果, はじめの低原子価チタン調製時にはシクロペンチルメチルエーテル (CPME) を反応溶媒に用い, 以降のアリルスルフィド, ケトンの添加時にはTHFを用いる場合に最も高い反応収率が得られた (entry 5および9). 一方, THFの代わりに他の溶媒を用いる条件や, 全工程をCPMEのみで行う条件では良好な収率は得られなかった (entry 68). また, これらの検討を通して, 生成物の立体選択性や位置選択性の溶媒依存性はあまり認められなかった.

 

 

 

 

 

 

 

基質一般性

 

 

本反応の適用範囲を確認するため, 種々のアリルスルフィドおよびケトンを用いて反応を行った (Table 6). その結果, アセトフェノン誘導体2cやシクロヘキシルメチルケトン2dを用いた場合に高いジアステレオ選択性が発現した. また, プロピオフェノン2gを用いた場合には, Iran Marekらの結果を上回るジアステレオ選択性が得られた.11 しかしながら, 置換基の嵩高さの差が小さな4-フェニル-2-ブタノン2eやメチルエチルケトン2fを用いた場合には満足のいく選択性が発現しなかった (entry 3, 4, 7, 8).

 

 

 

 

 

 

Table 6

 

 

 

 

 

 

上述の通り, 高ジアステレオ選択的反応の実現にはアリルチタノセンの立体化学を制御することに加え, 六員環いす型遷移状態においてケトンのより嵩高い置換基が擬エクアトリアル位をとる遷移状態 (Figure 1, TS1) を経て反応が進行する必要がある. この観点から, メチルエチルケトン2fのようなアルキルケトンを用いた場合には遷移状態TS1TS2の活性化エネルギーEaの差が小さいために生成物の選択性, つまりTS1を経る反応とTS2を経る反応の反応速度の差が小さくなると考えることができる. 定量的には, ケトンのアリル化反応における反応速度定数をArrhenius式で近似し, かつ頻度因子を両経路について同程度と仮定した場合には, 以下の式より, 本反応のジアステレオ選択性はより低温であるほど向上すると考えられる.12,13

 

 

Equation 1

 

 

 

このモデルから, ‒78 ℃における(E)-アリルチタノセンと4-フェニル-2-ブタノン2eの反応における両遷移状態のエネルギー差ΔEaは, Table 6のentry 7におけるジアステレオ選択性 (dr = 81:19) を速度定数として式1に代入することにより約2.7 kJ mol‒1と見積もることが可能である. この活性化エネルギーが狭い温度範囲においては温度に依存しないと仮定した場合, 反応を‒120 ℃ (153 K) で行えば選択性は89:11に向上すると予測できる. 果たして, アリルチタノセンとケトンの反応をエタノール/窒素のスラッシュ浴中(約‒110 ℃)で行ったところ, より高い選択性が発現した.

 

 

結論

 

 

このように, 立体的に混雑したチタノセンを用いることで, 置換基の嵩高さの差が大きいために高いジアステレオ選択性が発現しやすいことからこれまで頻繁に研究されてきたアリールアルキルケトン(アセトフェノン誘導体)のみならず, ジアルキルケトンを用いた場合でも高いジアステレオ選択性が発現することがわかった. 加えて, 3-位に2つの置換基を有するアリルチタノセンはE-Z異性化が抑制され, これがケトンに立体保持で付加することで連続する2つの第四級炭素を立体特異的に構築できることを明らかにした. 以上は山本雅納著『アリルチタノセンとケトンの反応による連続する二つの第四級炭素の立体選択的構築』(卒業論文)としてまとめられたものであり, また本成果はドイツ化学会誌であるAngewandte Chemie International Edition誌に掲載されている.14,15

 

 

 

2012年12月31日初版

2023年04月01日更新

 

 

 

執筆者:

 

Masanori Yamamoto

山本 雅納

東京科学大学 物質理工学院 応用化学系

RSC Advances Outstanding Reviewer 2023

E-mail: yamamoto@mol-chem.com

 

 

 

[論文を読む]

 

 

 

文献

 

1. (a) E. A. Peterson, L. E. Overman, Proc. Nat. Acad. Sci. USA 2004, 101, 1194311948; (b) 野依良治ら編, 大学院講義有機化学Ⅱ, 1998, 1; (c) E. J. Corey, S. Lin, J. Am. Chem. Soc. 1996, 118, 87658766.
2. (a) J. Deschamp, O. Chuzel, J. Hannedouche, O. Riant, Angew. Chem. Int. Ed. 2006, 45, 12921297; (b) F. Douelle, A. S. Capes, M. F. Greaney, Org. Lett. 2007, 19311934.
3. (a) L. R. Reddy, B. Hu, M. Prashad, K. Prasad, Org. Lett., 2008, 10, 31093112; (b) H. Ren, G. Dunet, P. Mayer, P. Knochel, J. Am. Chem. Soc., 2007, 129, 53765377; (c) aluminium; Z. Peng, T. D. Blumke, P. Mayer, P. Knochel, Angew. Chem. Int. Ed. 2010, 49, 85168519.
4. (a) S. Araki, M. Hatano, H. Ito, Y. Butsugan, J. Organomet. Chem. 1987, 329375; (b) G. Dunet, P. Mayer, P. Knochel, Org. Lett. 2008, 10, 117120.
5. (a) Y. Yatsumonji, T. Nishimura, A. Tsubouchi, K. Noguchi, T. Takeda, Chem. Eur. J. 2009, 15, 26802686; (b) T. Takeda, H. Wasa, A. Tsubouchi, Tetrahedron Lett. 2011, 45754578.
6. A. Yanagisawa, S. Habaue, K. Yasue, H. Yamamoto, J. Am. Chem. Soc. 1994, 116, 61306141.
7. (a) J. X. McDermott, G. M. Whiteside, J. Am. Chem. Soc. 1974, 96, 947948; (b) J. X. McDermott, M. E. Wilson, G. M. Whiteside, J. Am. Chem. Soc. 1976, 98, 65296536.
8. Y. Yatsumonji, T. Sugita, A. Tsubouchi, T. Takeda, Org. Lett. 2010, 12, 19681971.
9.

新井健、妹尾学、浅原照三、有機化学反応における溶媒効果、産業図書、1970

10. R. Hirabayashi, C. Ogawa, M. Sugiura, S. Kobayashi, J. Am. Chem. Soc. 2001, 123, 94939499.
11. B. Dutta, N. Gilboa, I. Marek, J. Am. Chem. Soc. 2010, 132, 55885589.
12. Both the theoretical and experimental results have shown these tendencies. For theoretical calculation of free energies for the transition states with allyl silanes, see; L. F. Tietze, T. Kinzel, S. Schmatz, J. Am. Chem. Soc. 2006, 128, 1148311495.
13.

実際には二つの遷移状態における嵩高さ・立体障害の差が頻度因子の差としても顕在化するはずなので、この仮定は厳密には正しくない気がする(2021年10月6日追記). が、ともかく120度程度の極低温においても、アリルチタノセンの反応性は損なわれることなく、かつ立体選択性が増加したことは特筆すべきだろう.

14. T. Takeda, M. Yamamoto, S. Yoshida, A. Tsubouchi, Angew. Chem. Int. Ed. 2012, 51, 72637266.
15.

文献14は Synfacts において紹介されている.